資産管理法人による相続対策メモ
親の不動産を「子供100%出資の法人」に買い取らせるスキーム ― 実行時の税務リスク・お金の引き出し方・メリットと限界
親Aが保有する賃貸アパート(自宅ではなく収益物件)を、子BCDE(全員が株主・代表取締役)が設立した法人へ売買で移す想定。Aは法人の株式を1株も持たない。一般論の検討メモであり、実行には不動産鑑定士による時価評価と資産税専門の税理士のシミュレーションが不可欠。
2026年7月に内容を点検。元メモの方向性(低額譲渡・借地権・役員報酬の3大リスク、引き出し方法の比較)は妥当と確認。ただし元メモに無かった重要な論点を追記した:①親側の「みなし譲渡課税」②法人側の受贈益課税 ③相続なら使えたはずの「小規模宅地等の特例」を失う点。また「時価より低い評価額で譲渡すれば圧縮できる」という記述は否認リスクが高いため注意書きに改めた。
1 スキームの全体像 ― なぜ相続対策になるのか
| 項目 | 相続税の扱い |
|---|---|
| 法人の株式 | Aは保有していないため相続財産にならない。設立時から子が株主なら、株式の移転コストも発生しない。 |
| 不動産本体 | 売却後は法人の資産。以後の値上がり分・家賃の蓄積分はAの相続財産に含まれない。 |
| 売却代金・貸付金 | Aが受け取った現金や、分割払いの未収金(Aから法人への貸付金)は額面どおり相続財産になる。ここは節税にならない。 |
| 家賃収入 | 売却後は法人の売上になり、Aの財産の増加が止まる(財産の「凍結」)。 |
つまりこのスキームの節税の正体は、①将来の値上がり益と家賃収入を子側へ移す ②所得を家族に分散する ③経費にできる範囲が広がる、の3つ。「今ある財産」が減るわけではない点が重要で、売った瞬間はAの手元に同じ価値の現金・貸付金が残る(=相続財産の総額は変わらない)。効果が出るのは「その後の増加分」からで、目先の節税ではなく数十年単位の資産移転の戦略。
「時価より低い税務上の評価額で譲渡すれば資産圧縮できる」という説明を見かけるが、同族間売買の価格は時価が原則であり、安売りは次章のとおり三方向から課税されるリスクがある。このスキームは「圧縮」ではなく「凍結と分散」の手法と理解しておくのが安全。
2 実行時の最大リスク ― 同族間売買の「時価」と借地権
▶ ① 安く売ると三方向から課税される
| 課税される人 | 根拠・内容 |
|---|---|
| 子BCDE(贈与税) | 時価より著しく低い価格で法人に売ると、株式の価値が増加した分について「AからBCDEへのみなし贈与」とされ、BCDEに贈与税(相続税法9条・相基通9-2)。元メモにあった指摘のとおり。 |
| 親A(所得税) | 時価の2分の1未満で法人に譲渡すると、時価で売ったものとみなしてAに譲渡所得課税(所得税法59条・みなし譲渡)。安く売ったのに高く売った場合の税金がかかる。元メモに無かった重要リスク。 |
| 法人(法人税) | 時価との差額は法人の受贈益として法人税の課税対象になる。 |
- 対策は適正な時価での売買に尽きる。最も強い根拠は不動産鑑定士の鑑定評価書(30〜50万円程度)。路線価や固定資産税評価額そのままの売買は「時価の8割前後」の水準になりやすく、争いの余地を残す。
- なお著しく不合理な取引は「同族会社等の行為計算の否認」(所得税法157条・法人税法132条)で価格以外の面からも否認され得る。不動産小口化商品のメモで整理した「同族間の時価と否認」の考え方はここでも同じ。
▶ ② 借地権の認定課税(建物だけ売って土地がA名義のままの場合)
- 法人がAの土地の上に建物を持つ形になるため、権利金の授受がないと、法人が借地権をタダでもらったとみなされて法人に受贈益課税が発生し得る(借地権の認定課税)。
- 回避方法は主に2つ:(a) 相当の地代(土地の時価の年6%程度)を払う、(b) 税務署に「土地の無償返還に関する届出書」を提出して通常の地代を払う。実務では(b)が一般的。
- 無償返還届+賃貸借契約にしておくと、Aの相続時にその土地は自用地評価の80%で評価される(2割の評価減)。タダ貸し(使用貸借)だと100%評価のままなので、地代はきちんと授受する。
▶ ③ アパートなら「建物だけ売る」のが定石
- 収益の源泉は建物(家賃)なので、建物だけ法人へ売れば家賃収入の大半を法人へ移せる。土地まで動かす必要はない。
- 建物の時価は帳簿価額(取得費から減価償却を引いた残り)前後が実務上の目安とされ、簿価で売買すれば譲渡益はほぼゼロ=Aの譲渡所得税がほとんどかからない。
- 登録免許税・不動産取得税も建物の評価額分だけで済み、土地ごと売る場合より移転コストが大幅に小さい。
- 土地はAに残るため上記②の借地権の問題が生じるが、無償返還届+賃貸借(地代の授受)にしておけば、相続時の土地は自用地の80%評価になり、要件を満たせば貸付事業用宅地の小規模宅地等の特例(200㎡まで50%減)も併用できる。「家賃は法人へ・土地の評価減は相続で」の両取りがこの方式の狙い。
3 役員報酬 ― 「実態」が問われる
- BCDE全員が代表取締役でも、勤務実態のない人への報酬は損金(経費)と認められないリスクがある(過大役員給与・法人税法34条)。管理業務・入出金管理・議事録など働いている記録を残す。
- 役員報酬は定期同額給与が原則。期の途中で自由に増減させると損金にできない。改定は原則、事業年度開始から3か月以内。
- 他に本業(会社員など)がある子が役員報酬を取ると、社会保険の二以上事業所勤務の手続きや確定申告が必要になる点も実務上の注意。
4 法人からお金を引き出す方法の比較
法人に移した家賃収入は、そのままでは個人の生活費に使えない。引き出し方ごとの税務上の性質を比較する。
| 方法 | 法人側 | 個人側 | 特徴・使いどころ |
|---|---|---|---|
| 役員報酬 | 全額損金(定期同額・適正額まで) | 所得税・住民税・社会保険料 | 最も一般的。個人の税率が高いと非効率になるため、家族で分散して各人の税率を抑えるのが定石。 |
| 配当金 | 損金にならない(税引後利益から) | 所得税(総合課税・配当控除あり) | 法人税を払った後の利益から出すため二重課税に近い。社会保険料がかからない点はメリット。 |
| 退職金 | 大きな金額を一括で損金にできる | 退職所得控除+1/2課税で税負担が非常に軽い | 最も効率が良い出口。ただし退職の事実が必要で頻繁には使えない。役員在任5年以下だと1/2課税が使えない点に注意。 |
| 社宅 | 家賃・維持費・減価償却を損金化 | 小規模住宅ならごく低い「賃料相当額」の負担で住める | 買い取ったアパートとは別に、役員の自宅を法人名義にして貸す使い方。現金は動かないが住居費支出を大きく減らせる。 |
| 出張日当(旅費規程) | 規程に基づく日当は損金 | 非課税(給与にならない) | 旅費規程の整備が前提。金額は世間相場の範囲で。地味だが確実。 |
| 不動産の売却(個人へ戻す) | 譲渡益に法人税 | 購入資金が必要 | 資産を個人に戻す最終手段だが、移転コスト(登録免許税・不動産取得税・譲渡課税)を二重に払うことになり非効率。 |
例:役員在任20年・退職金1,500万円なら、退職所得控除800万円を引いた残り700万円のさらに半分(350万円)にしか課税されない。所得税・住民税を合わせても税負担は100万円前後で済み、役員報酬で同額を受け取るより大幅に軽い。過大退職金と言われない目安は「最終月額報酬×在任年数×功績倍率(2〜3倍程度)」。
※ 平時は「適正な役員報酬+社宅+出張日当」、大きな一括の出口は「退職金」、という組み合わせが定石。配当は二重課税気味なので優先度は低い。
5 メリット・デメリットの整理
▶ メリット
- 将来の値上がり益を子側に移転:買い取り後の値上がりはすべて法人(=子の資産)に帰属し、Aの相続財産に含まれない。
- 相続財産の凍結:不動産(変動する)を売却代金(確定額)に換えることで、Aの財産の増加が止まる。
- 所得の分散:家賃収入を法人経由で家族の役員報酬に分散でき、Aが高税率帯にいる場合は世帯全体の所得税が減る。
- 経費の幅:役員報酬・退職金積立・社宅・旅費など、個人所有では使えない経費化の選択肢が増える。
▶ デメリット・リスク
- 実行コストが大きい:売買に伴う登録免許税・不動産取得税・譲渡所得税・鑑定料など(→第6章)。相続で渡せば登録免許税0.4%・不動産取得税ゼロで済むものを、先に動かすためにコストを前払いする構図。
- Aの譲渡所得税(土地ごと売る場合):先祖代々の土地など取得費が不明だと「売却額の5%」しか取得費にできず(概算取得費)、売却額のほぼ2割が譲渡税で消えることがある。建物のみの簿価売買ならこの問題はほぼ避けられる(→第2章③)。
- 小規模宅地等の特例(土地ごと売ると失う):アパートの土地は相続なら貸付事業用宅地として200㎡まで評価50%減の特例が使えるが、生前に法人へ売るとこの特例は使えなくなる。建物のみ方式なら土地はAに残るので特例を維持できる。特例を使った場合の相続税と必ず比較する(元メモに無かった論点)。
- 資金調達のハードル:実績のない新設法人へのローンは審査が厳しい。親への分割払い(Aからの貸付)にする場合は金銭消費貸借契約書・返済実績・適正金利を整えないと贈与を疑われる。なお貸付金残高はAの相続財産に残る。
- 否認リスク:価格・地代・報酬のどれかが不自然だと同族間取引として否認され得る(→第2・3章)。
- 維持コスト:赤字でも法人住民税の均等割(年7万円〜)、税理士顧問料、社会保険の事務負担が毎年かかる。
- ローン・団信の制限:賃貸アパートはもともと住宅ローンは使えず、アパートローンか事業用融資になる。個人のアパートローンには団体信用生命保険を付けられることが多いが、法人融資では団信なしが一般的。
6 実行コストの目安と検討の順番
| 費用 | 目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 不動産鑑定士の鑑定評価 | 30〜50万円程度 | 同族間売買の時価の根拠として最も強い。建物のみの簿価売買なら省略できる場合もある。 |
| 登録免許税(所有権移転) | 評価額×2%(土地は軽減で1.5%の特例あり) | 相続なら0.4%。売買は5倍。 |
| 不動産取得税 | 評価額×3%(非住宅の建物は4%) | 相続なら非課税。宅地は評価額×1/2で計算。 |
| Aの譲渡所得税 | 譲渡益×20.315%(長期) | 取得費不明なら概算取得費5%となり負担大。 |
| 法人設立費用 | 株式会社 約25万円/合同会社 約10万円 | 資産管理法人は合同会社でも機能する。 |
| 毎年の維持費 | 均等割 年7万円〜+税理士顧問料 | 赤字でもかかる固定費。 |
▶ アパートを法人へ移すときの実務チェック
- 入居者まわりの引き継ぎ:賃貸人変更の通知、敷金・保証金の引き継ぎ(法人が債務を引き継ぐ)、管理委託契約・火災保険・家賃振込先の名義変更を忘れずに。
- 消費税:居住用アパートの家賃は非課税だが、建物の売却は課税売上にあたるため、売却額が1,000万円を超えるとAが2年後に消費税の課税事業者になる場合がある。単発の売却なら実害が小さいことも多いが、売却年の前後の扱いは税理士に確認。
検討の順番:①建物のみ移すか土地ごと移すかを決める(アパートなら建物のみが定石) → ②時価を把握(土地を動かすなら鑑定) → ③移転コスト(譲渡税・登免税・取得税)と、相続で渡した場合(小規模宅地の特例込み)の相続税を比較 → ④資金調達方法の設計(ローン/親への分割払い) → ⑤無償返還届の提出と地代の設定 → ⑥役員報酬・社宅・退職金の設計 → ⑦資産税専門の税理士に依頼。③の比較で「相続で渡す方が安い」という結論になる家庭も多く、実行ありきで進めないことが大切。
【免責】本資料は一般的な情報の整理であり、税務・法律上の助言ではありません。金額・税率は2026年7月時点の一般的な水準です。同族間売買は否認リスクを伴う分野のため、実行前に必ず不動産鑑定士・税理士にご確認ください。